大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和29年(ワ)5178号 判決 1957年12月25日

原告

ナシヨナル証券株式会社

被告

佐野弘道 外二名

主文

原告に対し被告岩井清は金百九十八万四千三百三十四円及びこれに対する昭和三十年四月二十四日から、被告佐野弘道及岡野武夫は被告岩井と連帯して金百五十万円及びこれに対する昭和二十九年十二月四日からそれぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うことを命ずる。

原告の被告佐野弘道、岡野武夫に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用中原告と被告岩井清との間に生じた分は同被告の負担とし、原告と被告佐野弘道、岡野武夫との間に生じた分はこれを四分しその一を原告の、その余を同被告両名連帯の各負担とする。

この判決は原告において被告岩井清に対し金六十万円、被告佐野弘道、岡野武夫に対し各金五十万円の担保を供するときは原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

(省略)

理由

先ず被告岩井清に対する請求について判断する。

証人藤原弘一の証言(第一回)によつて真正に成立したものと認める甲第一、第五、第七、第九乃至第十五号証、証人綿貫圭郎の証言によつて真正に成立したものと認める甲第六、第八号証に証人藤原弘一(第一、二回)、喜多利一、筧久之、坂口嘉三郎の各証言を綜合すると、原告は証券業者であるが昭和二十七年四月十七日被告岡野の推輓により、被告岩井を雇傭し外務員として大蔵大臣に届出て爾来被告岩井は営業所以外の場所において顧客から株式売買の委託をうけ又は株券の寄託をうける等の業務に従事しているうちに業務上左のような不正な行為を行つた。即ち、被告岩井は、

(一)、昭和二十七年六月頃以来岡野国明からその代理人である坂口嘉三郎を通じて委託をうけて小野田セメント株式会社他二十一銘柄の株式合計一万四百株を買付け、又右坂口自身の委託により田熊汽缶製造株式会社株式二千株を買付け、いずれも該株券受渡の都度その名義書替のため又は保護預りとして原告の名において寄託をうけて業務上保管中、昭和二十八年二月頃から勝手に自己のため岡野国明及び岩井源八名義を以て株式信用取引口座を設けた上無断で右株券を証拠金代用証券として流用して株式信用取引を行い、この取引の結果生じた差損金の補填にあてるため、同年十一月頃擅に右寄託株券を処分し、その他自己の用にあてるため売却し、以て右株券全部を横領し、

(二)、昭和二十九年四月六日喜多利一から委託をうけて日本郵船株式会社株式五千株を買付け、該株券受渡後、その名義書替を依頼されて原告の名において寄託をうけ業務上保管中同年四月十四日頃から同年七月六日頃迄の間に擅に自己の用にあてるためこれを売却するなどして横領し、

(三)、堀本喜兵衛から委託をうけて東洋工業株式会社株式五百株を買付け、該株券受渡後その名義書替を依頼されて原告の名において寄託をうけ業務上保管中、擅にこれを横領し、

(四)、筧久之から保護預りとして産経会館他十六銘柄の株式合計三千五百五十株の寄託をうけ又株式買付金を預りいずれも業務上保管中、昭和二十九年一月十三日頃から同年七月九日頃迄の間勝手に自己のため架空の石田一名義を以て株式式信用取引口座を設けた上無断で右株券を証拠金代用証券として流用して株式信用取引を行いこの取引の結果生じた差損金の補填にあてるためその頃擅に右寄託株券のうち東洋レーヨン株式会社株式五百株及右株式買付金を処分して横領し、

(五)、同年四月二十一日宮川清乃から株式買付金として金五万円を受取り業務上保管中同月二十八日頃擅にこれを費消して横領し、

(六)、安田善一こと中野有富から委託をうけて保護預り中の新三菱重工株式会社及び三菱地所株式会社株式につき前者の昭和二十八年九月期決算の配当金五千六百円及び後者の昭和二十九年三月期決算の配当金千五十円を同人に支払うため業務上保管中擅にこれを費消して横領した。

よつて原告は被告岩井の使用者として各委託者と示談を遂げ、

(イ)  岡野国明に対して、小野田セメント株式会社他二十一銘柄の株式合計一万四百株、坂口嘉三郎に対して田熊汽缶製造株式会社株式二千株をいずれも昭和二十九年九月十四日当日の株価により計金百二十七万五千百円で買付けて現物で返還し、

(ロ)  喜多利一に対して日本郵船株式会社株式五千株を同年七月二十日一株八十三円計金四十一万五千円で買付けた現物で返還し、

(ハ)  堀本喜兵衛に対して東洋工業株式会社株式五百株を同年七月二十九日内百株は一株二百四十四円、内四百株は一株二百四十六円、計金十二万二千八百円で買付けた現物を以て返還し、

(ニ)  筧久之に対しては東洋レーヨン株式会社株式五百株を、内四百株は同年六、七月頃の株価により金銭に評価し、預つていた株式買付金とあわせて現金で返還し、残百株は別に買付けた現物を以て返還したが、これらに計金十一万六千七百八十四円を支出し、

(ホ)  宮川清乃に対して同年八月三十日と同年九月三十日頃の二回に現金五万円を返還し、

(ヘ)  中野有富に対して同年七月二十六日現金六千六百五十円を返還し、

かくして原告は以上合計金百九十八万六千三百三十四円を支出する結果となつた事実を認めうる。

ところで外務員の職務は証券取引法第五十六条所定の範囲のみに限定しなければならないものではなく、外務員はこの外になお附随的業務として営業主によつて委託された趣旨に従い顧客から株式売買取引の委託の注文をうけて株券又は代金等の授受をなし、又は証券業者が顧客に対する奉仕としてなす株券の保護預り等のため株券の受渡をなすにつき証券業者を代理する権限を有するものと解すべきである。従つて外務員が証券業者を代理して顧客から株式買付等のため現金を預りその他業務上現金を保管しているときは、これが証券業者の所有に帰することは金銭の性質上疑がないから、外務員たる被告岩井が前記(四)乃至(六)の現金を横領した行為は原告に対する不法行為となり、原告は被告岩井に対しこれによつて蒙つた損害の賠償を請求しうべく、他方外務員が顧客から保護預りとして名義書替のため株券の寄託をうけた場合は当該株券は依然委託者の所有に属するから、外務員たる被告岩井が顧客から預り原告のため代理占有する前記(一)乃至(四)の各株券を横領した行為は業務の執行につき委託者に対して加えた所有権侵害の不法行為となり、原告は被告岩井の右不法行為につき使用者として各委託者に賠償した金額を被告岩井に求償することができる。よつて被告岩井は前記(イ)乃至(ヘ)の金額の範囲内において原告の請求する金百九十八万四千三百三十四円の支払をなすべき義務がある。

次に被告佐野弘道、岡野武夫に対する請求について判断する。

原告が証券業者であること、原告が被告岩井を雇傭するに当り被告佐野、岡野は被告岩井の身元を保証し被告岩井において故意又は過失により原告に損害を与えることあるときは被告岩井と連帯して原告に対しその賠償の責を負うことを約した事実は当事者間に争いがなく、被告岩井が業務上保管する株券及び金銭を横領して原告に対し金百九十八万六千三百三十四円の損害を与えたこと前認定の通りである。然るに被告佐野及岡野は右損害の発生については原告の監督不十分であつたのみならず被告岩井の責任加重について何等の通知もなかつたから身元保証人たる被告佐野、岡野の賠償すべき額に付き原告の過失も斟酌すべきであると抗争するから按ずるに、証人藤原弘一(第一、二回)、綿貫圭郎、喜多利一の各証言及び被告本人佐野弘道、岡野武夫各尋問の結果を綜合すると、被告岩井は被告岡野の推輓により昭和二十七年四月十七日原告会社に雇われて臨時雇となつたがほどなく営業部勤務となり爾来一貫して外務員としての業務に従事していたが、その間原告会社における地位及び任地に変更があり南営業所へ転じた後昭和二十八年には営業部主任、営業部々長代理と昇進し、やがて本社営業部副長代理になり、昭和二十九年に尼崎支店副長に転任したのにたとえ担当業務の内容に変更なしとはいえ責任の加重に付き原告から身元保証人である被告佐野、岡野に対してこれに関し全く通知がなかつたこと、原告会社においては外務員が委託者から受取つて入金係へ引渡した株式買付代金の領収証は委託者へ直送することなく当該外務員を通じて委託者へ交付するため外務員がその交付を遅延する虞もなしとせずその外務員の監督方法として株式信用取引において建玉及び差入有価証券を委託者に直接通知して照合せしめることにより外務員の不正防止を計つていたほかは他に特段の措置もとられず、かゝる事務管理上の欠陥から外務員が委託者から預つた株券や金銭を横領するときはこれを防ぐ術もなく、被告岩井の不正な行為は少くとも一年間以上に亘りその損害も高額にのぼつたのに拘らず原告会社は全くこれに気付かず、被告岡野が喜多利一から原告に名義書替を依頼して寄託した株券の返還がないことを聞き及んで同人の株式売買に関する担当外務員が被告岩井であつたところから不審を抱いて原告に通報したことがその発覚の端緒となつたのであつて、本件損害の拡大についてはかゝる原告の監督上の過失もいくらかあずかつていたことを認めることができる。

そこで身元保証に関する法律第五条により被告佐野、岡野の保証責任につき前認定のような原告の監督上の過失その他本件にあらわれた諸般の事情を斟酌し、被告佐野、岡野が被告岩井と連帯して賠償すべき金額は金百五十万円を以て相当と認める。

そうとすれば被告岩井は原告に対し金百九十八万四千三百三十四円及びこれに対する本件訴状の公示送達の効力を生じた日の翌日であること記録上明らかな昭和三十年四月二十四日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、原告の被告岩井に対する請求は全部正当として認容すべく、被告佐野、岡野は被告岩井と連帯して原告に対し右損害金の内金百五十万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和二十九年十二月四日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから原告の被告佐野、岡野に対する請求は右の限度で正当として認容しその余は失当として棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条、第九十二条、仮執行の宣言につき、同法第百九十六条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 藤城虎雄 松浦豊久 藤井正雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例